お屋敷訪問記

Cragside クラッグサイド:世界初の水力発電で照明された、ヴィクトリアンインテリアのファンタジーな邸宅

2024-02-08

クラッグサイド(Cragside)はイングランドの北東部ノーサンバーランドに位置する大邸宅。ウィリアム・アームストロング氏が作り上げた、科学技術と芸術の素晴らしい組み合わせでできたカントリー・ハウスをご紹介します。

クラッグサイドは、ファンタジーという言葉が似合う場所でした。ファンタジーって、空想、想像とか非現実的という意味で、科学者の作る邸宅には不釣り合いな言葉のようなのですが・・・現実離れした、ちょっと夢のような美しさや、想像を遥かに超える革新的さに溢れていました。さらに、1人の弁護士から、世界中のVIPたちが訪れる場所を作り上げたっていうところが、ファンタジーだなと思った理由です。

実際に訪問して気づいたのは、ヴィクトリア時代のインテリアで飾られたたくさん部屋がたくさんありました。ウィリアム・モリスやダンテ・ガブリエル・ロセッティのラファエル前派の作品にも出会えてびっくりです。

そして日本との意外なつながりにも。

どのようなファンタジーな要素があるのか?どうぞ最後までお付き合いください。

イングランド北部、スコットランドに近いノーサンバーランドの旅行の2日目(2023年9月2日に訪問しました)

驚異な発明家、アームストロング卿とは

21歳のウィリアム・アームストロング

ウィリアム・アームストロング卿(1810-1900)はまず弁護士としてキャリアをスタートさせます。
それからエンジニアに転身し、“油圧機械“を作成。この油圧機械がのちに作り上げる クラッグサイドを驚異の館にするのです。

イングランド北東部のニューカッスルにある経営していた工場では、最盛期には25000人の従業員を雇い、油圧クレーン、船舶、兵器の製造で大成功します。ロンドンにあるタワーブリッジの建設にも関わっていたんですよ。

1887年、その数々の功績のよって、ヴィクトリア女王から男爵の爵位を授けられます。彼は貴族院のメンバーになった最初のエンジニアなんだそうです。

革新的な家には驚く仕掛けがたくさん

クラッグサイドの屋敷の中を歩くと、思わず「えっ、これが19世紀に?」と驚くような仕掛けがあちこちにありました。今では当たり前のように思える設備も、当時は最先端。おそらく訪れた人たちは、未来の家に迷い込んだような気持ちだったのだろうなと思います。

クラッグサイドは世界で初めて水力発電によって照明が灯された家のひとつです。それは敷地内の人工湖から水を引き込み、地下の配管を通して発電するという仕組み。しかも使われていたのは、イギリスの発明家ジョセフ・スワンが開発した白熱灯。1880年にはすでに家全体を照らす照明システムが完成していたのです。

そして、水の圧力(油圧)を使った仕組みもまた画期的でした。単に水を供給するだけでなく、暮らしを快適にするさまざまな装置が用意されていたのです。

たとえば――

  • 人や荷物を運ぶ家庭用エレベーター
  • キッチンと他の部屋をつなぐダムウェイター(昇降式の運搬装置)
  • 肉を焼くときに自動で回る焼き串
  • 温室にはセントラルヒーティングがあり、一年を通して果物を育てられる
  • 日光を満遍なく当てるために、ゆっくり回転する植木鉢

水の力で、家中が動く。そんな未来的な発想が、すでに100年以上前に実現していたのです。

七宝焼の花瓶を土台にした、美しい白熱灯
 ジョセフ・スワンが発明した白熱灯が、この家を世界初の“水力発電で灯る邸宅”にしました。
キッチンに設置された小さな昇降機
 食材や食器を運ぶための“ダムウェイター”が、使用人の仕事を大きく助けていました
焼き串を水の力で自動回転
 キッチンの一角にある仕掛けで、肉が均等に焼ける画期的な装置でした。
まるで現代の食洗機?
 水圧を使った装置で、食器を洗う作業を自動化しようとしていた形跡も見られます。
トルコ式バスの一角にある、冷水用の大理石バスタブ
 美しいタイルとともに、贅沢なリラクゼーション空間が広がっていました。
温室にはセントラルヒーティングを完備
 果物や植物が一年を通して育てられるように工夫されています
これらすべて、クラッグサイドの敷地内に
 発電、暖房、給水、調理までもが、水の力で支えられていました。
人工湖の水で発電した電気が、家じゅうに明かりをともす
 まさに、水から生まれた暮らし

712ヘクタールの森のような広大な敷地

Cragsideの全貌マップ

アームストロング家の敷地面積は712ヘクタール。もうよくわからない広さですが、71.2平方キロメートルとなります。
東京都町田市の面積が71.6平方キロメートルだということなので、ほぼ同じくらいですね。(と言われてもああなるほど!とはわからないですが・・・)

敷地の中は、一言で言うと森でした(笑)車で クラッグサイドに向かう途中、遠くの方に明らかに他と違う濃い緑の木が生い茂った森が見えてたんです。
その中に、邸宅と、ロックガーデン、人工湖、鉄の橋、温室もある美しい庭園などが広がっています。

森を作っているのが、160年前に植えた700万本の木たち。特に北米の針葉樹を、この地に合うように選び植えられました。イギリス国内でも最も高い木もあるそうですよ。

もともとは不毛の土地を、アームストロング夫妻は25年の歳月をかけ各方面の専門家とともに現在の姿にしていきました。

巨大な石が集めらているロックガーデン。ここからの眺めも素晴らしかったです。勇ましい風情の外観は「ジェラシックワールド-炎の王国」でロックウッド邸の外観として使われていたそうです。
少し離れた池に行くために車で向かいました。その前に地図で確認!
こちらは本当に美しい眺めでした。

ファンタジーな外観の秘密

建物の外観は、いろいろな建築スタイルが組みあわせて作られています。『ハリーポッター』に登場するホグワーツ魔法学校も色々な建築スタイルが組み合わさっていますがそれに似たものを感じます。

ギャブル、城壁、チューダー様式の煙突、ゴシック様式のアーチなど、多様な建築スタイルが合わさって想像上の物語に登場するお城のような雰囲気です。

上記の写真とまたこちら側は雰囲気が変わります

アーツ・アンド・クラフトの最高のインテリア

邸宅の内部は、ウィリアム・モリスやダンテ・ガブリエル・ロセッティらによるデザインが特徴。ヴィクトリア朝の美意識を反映した、豪華で手の込んだインテリアが素敵です。

アームストロング氏の書斎。ウィリアム・モリスの会社が作成した、ダンテ・ガブリエル・ロセッティのデザインのステンドグラスが窓を飾っています。
ダイニングルームの暖炉の脇にあったウィリアム・モリスのステンドグラス
こちらもモリスのステンドグラス
ベッドルームにもモリスの壁紙
モリスの壁紙
廊下も美しい
壁紙の模様
圧巻のイタリア製の大理石から作られた巨大な暖炉。高さ6メートル、重さ10トンです!!
肖像画の飾られた階段
ラグと壁の模様、そしてステンドグラスと柄や色が入り乱れているのに何か一体感があって美しかったです。

お客様はロイヤルファミリー

その豪華さと革新性から、クラッグサイドはロイヤルファミリーなどの名だたる訪問者を数多く迎え入れていました。

アフガニスタンの皇太子、イランの皇帝、中国の政治家など。
そしてのちのエドワード7世とアレクサンドラ女王となる皇太子夫妻も滞在。

そのような重要なお客様様の滞在する部屋はこちらのスウィート・ルーム。

日本との深い繋がり

邸宅内には”Japanese Room”があり、日本の美術品や家具も多数置かれていました。この部屋は3代目のアームストロング男爵が代々の日本との繋がりによって作ったのだそうです。

昭和天皇の義理の叔母にあたる徳川為子様とご主人の徳川頼貞様との交流も深かったようで、2人から贈られた浮世絵などが飾られています。

さらに帝国海軍の強化のために、日本はアームストロング男爵の重要な顧客として、船や武器を購入していました。

1953年には、当時皇太子殿下だった今の上皇様が、エリザベス2世女王の戴冠式に出席するためイギリスを訪れた際、ここ クラッグサイドに招待され滞在されたそうです。

対日戦で多くの兵士が日本軍の捕虜収容所で苦しむことになるなど、第二次世界大戦が終わっているとは言え、当時のイギリスでは日本に対する感情は快くないものでした。
そんな中アームストロング男爵は長い日本との付き合いから招待をすることを決めたのだとか。

邸宅内の応接間には陛下の写真が今も飾られていました。

 クラッグサイド訪問を終えて・・

ここからは、今回クラッグサイドに行っての感想です。

私は数年前、カントリー・ハウスのオンライン講座を開催していました。そこで参加してくださった方から「カントリーハウスにはいつ頃電気が通ったのでしょうか?」というご質問をいただきました。そのことを調べているときに辿り着いたのがクラッグサイドでした。

発明家によるアイデアとそれを実現した集大成の場所。その中に大好きなウィリアム・モリスやロセッティのラファエル前派の世界のインテリアが広がっていたこと。そして日本との深いつながりも知って感動が高まりました。

海外に行くと日本のこと考えること多くなります。兵器ということで繋がってしまった日本とクラッグサイド。戦争後の戴冠式に当時の皇太子様はどんな思いで出席されたのか、またアームストロング氏と親しかった徳川頼貞氏や駒子さんはどんな方だったのか。知らないことがたくさんです。

クラッグサイドはイギリスの歴史の中でも結構重要な場所だと感じたのですが、意外と私の周りの人は名前すら知らないというイギリス人がたくさんいました。遠く離れた地域の文化遺産にはあまり興味がないのか、それとも兵器製造という歴史が何か影を落としているのだろうか。

クラッグサイドに行くには

私は今回は車で行きました。

ナショナルトラスト・クラッグサイドの公式サイトによると下記のように書かれています。

道路からのアクセス方法:
A1からA697の標識に従ってください。A697をロングホースリー村とロングフラムリントン村を通って進みます。約4マイル後、ムーアハウス交差点で左折してB6341に入ります。クラグサイドの入口はこの道路を左に3マイル進んだところにあります。

バスでのアクセス方法: ニューカッスルからスロプトン行きのX14アリバサービスがクラグサイドに停車します。メインエントランスでバスを降りると、歓迎チームがお迎えします。バスの時刻表はオンラインでご覧いただけます。

▼詳細はこちらです

https://www.nationaltrust.org.uk/visit/north-east/cragside#getting-there-map

交通手段がカントリーハウス訪問の難関です・・・
ナショナルトラスト管理のコテージがありますし、近くの村ロスベリーRothburyにもホテルがたくさんあるようです。宿に泊まりゆっくりとクラッグサイドを見学するというのが理想ですね。

▼ナショナルトラスト管理のコテージ、Cragside Garden Cottageです

Cragside Garden Cottage Northumberland | National Trust
Cragside Garden Cottage Northumberland | National Trust

A Northumberland getaway in the blossoming gardens of Cragside.

www.nationaltrust.org.uk

クラッグサイドの基本情報

クラッグサイド Cragside
住所:Rothbury, Morpeth, Northumberland, NE65 7PX
公式サイト:https://www.nationaltrust.org.uk/visit/north-east/cragside

クラッグサイドはナショナル・トラスト管理の施設です。



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