お屋敷訪問記

アン・リスターの暗号日記と600年の歴史、シブデン・ホール(Shibden Hall)

2024-02-14

2023年9月末、イギリスのウェスト・ヨークシャーにあるShibden Hall(シブデン・ホール)というカントリー・ハウスに行きました。

今回の旅行で必ず行く!と決めていた場所の一つです。その場所が昨年初め頃見たBBCのドラマ「ジェントルマン・ジャック」の舞台だったからです。

ドラマの脚本はシブデン・ホールの当主だったアン・リスター(1791-1840)の日記が元になっている。そう!ただのドラマのロケ地ではないのです。

白と黒の模様が美しいハーフティンバーの建物が見たいのはもちろんですが、それ以上に興味があるのがアン・リスター。

ドラマの中で女性当主として屋敷を改造したり、鉱山経営を男性と競い合いながら行っていく。鉄道の将来を見て地元の人たちの方向転換をけしかけたり、旅をして新しいことを学び自分の糧にしていく生き方に、当時女性でこんな生き方をした人がいるんだと驚きました。

Going abroad always likely to do good. People should not grow mouldy at home.
海外へ行くことはいつでも良いことだわ。人は家に閉じこもってカビを生やすべきではないのよ。

アン・リスター, 1834年11月3日

女性を愛した人ということで当時かなりスキャンダラスであり、自身の記録として大量の日記を残しています。その一部には暗号を使って書いていたなんてちょっと驚きませんか?

シブデン・ホールの歴史や邸宅の中の様子、アン・リスターが残した暗号日記についてご紹介します。

シブデン・ホールの歴史

シブデン・ホールは、現在は博物館として知られる、歴史的に重要な建築物です。この家はもともと1420年頃、布商人ウィリアム・オーツによって建てられた中世後期の建物で、その後数世紀にわたって何度も手が加えられてきました。16世紀には一部が石造りに改築され、新しく建物が追加されました。19世紀にはオリジナルを部分的に再現する改修が行われ、西側には塔が、東側にはキッチンが追加されました。

600年の歴史の中で多くの所有者を経て、17世紀始めにリスター家の手に渡りました。特に注目されるのは、アン・リスター(1791-1840)。彼女はレズビアンとして知られていて、自身の体験を一部は暗号で記録した詳細な日記を残しました。この日記は後に発見され、一部が公開されることとなりました。

リスターは1826年に叔父のジェームズ・リスターが亡くなった後、シブデン・ホールの運営を引き継ぎました。建築にも熱心で、ヨークの建築家ジョン・ハーパーを雇い、1836年頃にノルマン様式の塔(彼女の図書室用)や現代的な水洗トイレの設置など、大規模な改築を行いました。メインホールも建物の高さに合わせて改築され、新しい「ジャコビアン様式」の木のパネルや暖炉が設置され、より壮大な空間となりました。

1834年にパートナーのアン・ウォーカーと共にシブデン・ホールで暮らし始めました。ウォーカーはシブデンに隣接する土地を所有しているお金持ち。アン・リスターの死後、結婚しない条件でウォーカーはシブデン・ホールを相続しました。しかし、家族にシブデン・ホールから連れ去られ、ヨークの精神病院に入院させられました。彼女の死後、リスター家の相続人が後を引き継ぎます。

1923年、ジョン・リスターが破産し、その友人であるハリファックスの議員A.S.マクリーがホールを購入し、90エーカーの公園と共にハリファックスの人々に公園として提供しました。1926年にウェールズ公によって開園し、ジョン・リスターの死後、ホールはハリファックス市によって博物館として一般公開されました。

アン・リスターの住んだ建物の中へ

この日は雨は降らなかったのですが曇りの1日でした。庭に花が咲いていないのもちょっと寂しい感じでしたが、建物の前の芝生のエリアにはハートの形をした土の部分が!!ここに花を植えるのでしょうか。とても可愛いです。

アン・リスターは1815年から1840年までここに住んでいました。

1階

建物の中へ入ると事前に買っていたチケット見せ、いよいよ邸宅中見学がスタートです。
まずはキッチンから。今もまるで使っているように残されているので当時のイメージがよくわかります。
大きなかまどもドラマでも登場していたなぁと感激です。

ホールにやってきました。
こちらの大きな窓に嵌め込まれているステンドグラスは、かつて修道院の窓に使われていたものだということです。ガイドの方によるといつ頃作られたものかはっきりわからないようですが、シブデン・ホールに取り付けられたのは16世紀のことなので、かなり古いものであることは確か。

紋章、植物、動物、鳥などと、想像上の動物のようなものがデザインされている綺麗なガラス窓です。窓が大きく明るい光が差し込みます。

ホールは、天井を上げて広い空間にするための改装が行われたそうです。

ホールの壁にかかっていたアン・リスターの肖像画。

1937年10月20日に、シブデン・ホールにジョージ6世とエリザベス王女が訪問されています。その時の写真が飾れていました。
1926年にシブデン・パークがウェールズ公(後のエドワード8世、ジョージ6世の兄でシンプソン夫人と結婚するために王位を弟に譲った方です)によって開園された経緯もあり王室とのゆかりがある場所なのです。

こちらはダイニングルームです。
オークパネルの壁はこの時代の特徴です。模様やデザインの凝った椅子は本当に美しいです。

この豪華な階段を使って2階へ上がっていきます。

2階

階段を上がるとこのような感じ。白い壁と木のパネルで作り出しているボーダーのような柄がとても鮮やかでモダンな雰囲気に感じました。
2階は寝室や、今はシブデン・ホールの歴史などを展示しているスペースがあります。

こちらはアン・リスターも使用していたベットルーム。豪華なベットは1630年代のもの。歴史あるものとはわかるけれど近くでもみてもかび臭いとか汚いとか全く感じないのです。どうやってこんなに綺麗な状態で保存できているのか本当にすごいです。

幅の広い床の木は建物のオリジナルなものであるとのこと。そんな床を踏み締めているのだと感慨深いものがありました。

写真に見えるのがアン・リスターが作った自分用の図書室。彼女は世界を旅しながら本を読んだりさまざまな人と会い学び続けていたそうです。

図書室は塔の中にあって、この階段から上がっていきます。残念ながら階段が細い上、保存の観点からも訪問者が上がっていくのはリスクが大きいということで立ち入ることができなくなっていました。
TVドラマでは出てきていたのだろうか。もう一度見返してみたいと思います。

アン・リスターの日記

アン・リスターの人生を知る手がかりとなる日記は、歴史的な洞察を提供する貴重な資料となっていて、ウェスト・ヨークシャー公文書館で公開されています。

27巻にわたる約500万語のリスターの記録は約6分の1が暗号で書かれています。「暗号手」と呼んでいた暗号は、ギリシャ文字、数字、記号の混合から成り、当時の社会では考えられないほど過激な自身のレズビアン関係について率直に書くことを可能にしたのです。性的関係、月経、金銭、ハリファックス社会の人々に対する個人的な評価、消化器系の健康状態など、プライベートな内容を隠していました。

アン・リスターにとって、暗号で心の中を書き出すことは精神衛生上とても大切だったようです。1832年4月29日は「私の日記はどんなに心強いことか」自分の真実の気持ちを暗号で書くことによって心を軽くし、自分自身を慰めることができたことに感謝しています。

暗号は19世紀後半に彼女の子孫であるジョン・リスターと古物学者アーサー・バレルによって初めて解読されました。その過激な内容が社会には受け入れられないとされて封印されました。真実が完全に明らかになったのはそれからまた1世紀後のことです。

建物の一角には日記を解読した女性が登場するビデオを見るコーナーがありました。膨大な手書き文字を読み解くだけでも大変なのに、その上暗号で書かれているなんて解読への苦労が少し想像できました。

訪問を終えて…

金ピカ、大理石、鮮やかな壁紙に巨匠たちの絵画がかかるような、豪華・華やかな大邸宅ではないのですが、チューダ朝の伝統的な建物とインテリアが本当に美しく残っていました。

調度品などが丁寧に使われて綺麗に残されていたということと、手入れが行き届く運営がされているのだろうなぁと感じました。

建物の中を歩いていると、ドラマの中で見たアン・リスターが大股で颯爽と歩いてくるのではないかと思ってしまうほど、ドラマファンにはたまらない場所でもあります。

実際のアンはどんな人だったのだろう、解読された日記も読んでみたい。そして今回ハリファックスのピース・ホールの中にあった書店でアン・リスターの足跡を辿って旅行をした人が出版した旅行記を購入しました。

タイトルは「In the Footsteps of Anne Lister」こちらも少しづつ読み進めているところです。

敷地内には「フォーク博物館」という鍛冶、薬屋、革工房など、当時の暮らしを知ることができる施設や、古い納屋には歴史的な馬車のコレクションがありました。

こちらはまた別の記事でご紹介したいと思います。

シブデンホールへの行き方

今回電車とタクシーでシブデンホールに行きました。

2023年9月28日朝10時、ハリファックス駅(Halifax)に到着。
駅からホールまでは徒歩だと約30分くらいということで、歩くことも考えたのですが、起伏が激しいところがあったり、歩道があるのかわからない場所も多く車で行くことにしました。

事前にネットでタクシー会社を確認していました。駅に着いてから予約する予定でしたが、駅の外に出ると数台タクシーが停まっているのが見えました。聞いてみるとすぐ乗れるとのこと。料金を確認して乗り込むことにしました。

ハリファックスは、イングランド北東部のウェスト・ヨークシャーにある都市で、15世紀からイングランドの羊毛生産の中心地でした。街の中心部に残るピース・ホールは1770年代の建造物で、毛織物業に従事していた業者が取引したところです。

下記は別日に行ったときのピース・ホールの写真。3階建ての回廊のようになっている巨大な建物です。今はレストラン、カフェ、雑貨店や本屋など色々なお店が入った施設になっています。なかなか壮大な眺めでした。

さて、私たちが乗ったタクシーは10分ほどでシブデン・ホールに到着。帰りのタクシーを予約するためにドライバーさんに電話番号を確認して降りました。帰りは建物を出た後に電話して予約。携帯から連絡するとテキストメッセージで到着すれば連絡が届くようになっています。

シブデンホールの基本情報

シブデン・ホール Shibden Hall
住所:Shibden Hall, Lister’s Road,Halifax HX3 6XG
公式サイト:https://museums.calderdale.gov.uk/visit/shibden-hall

▼下記のBBCサイトではシブデン・ホールが舞台となった「ジャントルマン・ジャック」の1分ほどのドラマの予告動画を見ることができます。

BBC One - Gentleman Jack, Trailer: Gentleman JackSuranne Jones is Gentleman Jack… coming soon to BBC Onewww.bbc.co.uk




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